妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日遵(法性院)

にちじゅん #3140

日遵(法性院)

にちじゅん

(-一五二一)
字は吉寿麿、京都本寺第一三世法性院と号す。
俗姓は源氏、太田左衛門太夫持資入道道灌の三男。
父道灌は本寺第一二世勧行院日了の徳風を聞き、これと道契を結んでおり、日遵は幼くして日了の門に投じて出家した。
のち花山院の猶子となり、本寺主となる。
文明一八年(一四八六)七月二六日道灌卒し、日遵の長兄法恩斎資康は寺を造り父を祀った。これが平河山法恩寺である。
資産の子息資高は輪蔵を建立し、日遵は足利義政寄附の朝鮮本をもってこれに架している。
在職一四年にして、大永元年正月二日寂している。
《『日本仏人名辞典』「日遵」の項》

← 事典トップ