にっしん
(一六七一-一七四一)
不受不施悲田派の僧で池上本門寺長遠院日樹系統を汲む。
字を温恭、惣持院(總持院)と号す。
城東白川の人、九歳にして蓮華院日題(心性日悟の門下)に投じて出家。
のち日題の後を受けて武州蓮華寺の法灯を継いだ。
正徳五年(一七一五)『顕正護国論』を献白して入牢、享保一一年(一七二六)隠岐島に配流され寛保元年六一歳にして示寂。
その著に『受不受観政記』一巻、『日延謗法目前抄直解』一巻、『沢田問答』一巻等多数ある(『日蓮宗宗学章疏目録』に二三部を記すが大部分は散逸)。
《宮崎英修『続・日蓮宗の人びと』》