妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日弘(大乗院)

にちぐ #2625

日弘(大乗院)

にちぐ

(-一五六〇)
大乗院と号し、関東管領上杉憲実の孫、比企谷妙本寺八世常住院(大運阿闍梨)日調に師事し、浜の法華寺第一二世に晋んだが、天文六年(一五三七)武蔵河越・松山における上杉朝定対北条氏綱との合戦、同七年足利義明と北条氏康とが戦った下総の国府台合戦などの兵乱で鎌倉は騒然たるものがあり、よって、日弘は難を避けるため弟子日南を伴い越後村田の妙法寺に赴いた。
日南は管領上杉憲政の子であるといわれ、当七歳であった。
日弘は留守を大の実相院日近に委ね、寺宝を二分して、沼津の妙覚寺、三島の妙行寺に分置し、守護を命じた。
かくて日弘は村田妙法寺第一〇世を兼ね、同寺に寂した。

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