にちじょう
(一五八二-一六三四)
字は英玄、住善院と号す。
不受不施派の人。京妙覚寺の大檀那後藤一門の元乗の子。
仏性日奥の高弟。
堺経王寺八世。京頂妙寺の住持をしたともいうが不明。
寛永一一年(一六三四)二月八日遷化。
世寿五三歳。
寛永七年の身池対論により、不受不施派は関東の重鎮の悉くを失ったため、受派である身延方の一方的優位となるように思われた。
しかし予期に反して不受方は京で活躍の日定を始め長遠日遵らによって旧池上派を統卒し、教育及び伝導に力を注いだ結果、対論の打撃にもかかわらず、宗勢は身延方を凌駕するものがあった。