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三経義疏

さんぎょうぎしょ #222

三経義疏

さんぎょうぎしょ

聖徳太子(五七四-六二二)は、推古皇一四年(六〇六)に『勝鬘経』を説し、ついで『法華経』を岡本宮でじたという。
その草稿をもとに『勝鬘経』『法華経』の二経に『維摩経』を加えて三経の注疏を作成したものが、三経義疏である。
それは一般に太子の作とされているが、三経義疏全部を偽作とする津田左右吉(『日本上代史研究』)・小倉豊文(『史学研究』五二)説と、『維摩経義疏』のみを偽作とする福井康順(『印度学学研究』昭和三二)説とがある。
しかし実質的には史料的にも内容的にも、その真撰を否定する積極的な証拠はないから、一般には太子の撰述と考えられている。
《坂本太郎『聖徳太子』、大野達之助『聖徳太子の研究』、『岩波仏教辞典』「三経義疏」の項

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