妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

慧光寺(京都府京都市)

えこうじ #2218

慧光寺(京都府京都市)

えこうじ

京都市浄福寺通笹屋町に所在。 智照山と号す。 開山は恵光院日安。
寺伝には弘治三年(一五五七)開創と伝え、もとは新在家にあった。
三好長慶は松永禅正久秀と謀って将軍義輝を弑(しい)せんとしたが、久秀は野本式部少輔輝久に同意を求めんとした。 輝久はこれを諾せず諫めたので直ちに刺殺されてしまった。 このため輝久の室伊佐は出家し、了秀院妙法と号した。
またその臣三宅内蔵助信勝も忠死し、その妻妙は子息を僧とし、智照日玄と称した。 日玄、信勝の邸地を請い寺を創立して、妙法と共に輝久(法号慧光寺秀)を祀り弔った。 これが当寺の始めである。
妙法また当寺の側に草庵を結び、これによってこの地を「伊佐殿町」と妙法の俗称をもって呼ぶようになったと伝える。
日玄は当寺第二祖とされる。 のち日玄のもとに龍象を輩出し、立本寺霊鷲院日審、養寿院日芳、岩倉本妙寺開山智静院日貞らが出ている。

リンク

← 事典トップ