かんのうじ
紀伊国名草郡(和歌山県和歌山市)に所在。
円覚院日長の弟子正覚院日陽は学徳衆にすぐれ、推されて駿河感応寺一三世を継いだ。
蓮華院妙紹日心(お万の方)は、家康が元和二年(一六一六)四月、静岡の駿府城で七五歳で没すると、落飾し養珠院と号したが、その戒師となったのがこの日陽である。
元和五年に頼宣は紀伊五五万五〇〇〇石をもって封ぜられると、養珠院は共に赴き、日陽も命に従ってこれに従った。
養珠院は寺を建て、感応寺と号し日陽を開山とした。
なお、駿州・伯州・紀州感応寺は共に常住山と号し、世にこれを三感応寺と称する。