妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

孝勝院夫人

こうしょういんふじん #1651

孝勝院夫人

こうしょういんふじん

(一六〇七-五九)
勝院秀岸日訊と号し、名を富子という。
父は播磨宰相池田輝政、母は康の女で良正院と号す。
元和三年(一六一七)一二月、仙台藩二代伊達忠宗に嫁す。
以来、仙台勝寺(初め光明山大仙寺と号す)に厚く帰依し、寛永一九年(一六四二)八月、養母英勝院の菩提を当寺で修し、また慶安二年(一六四九)の春、火災に罹って堂宇を焼失した際、孝勝院は忠宗と共にこれが復興に努め、仏殿・僧房・鐘楼等の伽藍は忽ちにして成り、寺観を倍加したという。
万治二年二月五日、五三歳で没するや当寺に葬られ、この寺号を勝寺と改めた。

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