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太政官布達第一九号

だじょうかんふたつだいじゅうきゅうごう #1413

太政官布達第一九号

だじょうかんふたつだいじゅうきゅうごう

この布達は明治一七年(一八八四)八月一一日に発令されたものである。
明治五年三月、部省を設置し、従前(神祇省時代)の宣使を廃止し、教導職を置いて「宣布大教」の役割を担当させたが、国民を啓蒙し、新政に馴れさせる目的もほぼ達成したので教導職を廃止した。
部省が司どってきた項の大部分を、教導職を統率してきた管長に委ねることになった。
その条件がこの布達によって定められた。
第一条から第五条までの条文によって、宗派の分合、宗派の争論の禁止、各宗に一人の管長を決定、管長を定めるための宗制の整備等が明示され、特に第四条において「宗制」「寺法」、教師の分限・称号、住職の任免及師の等級進退、古文書・宝物・什器等の保存について条規を定めて内務卿の認可を得べきことを条件としている。
第五条では宗派の長たる者の名称は各宗制に定めて認可を得れば称号として使用を認めている。
家をはじめとする世俗権力が寺社を外部から規制する統教権(とうきょうけん)と寺社自身が自己及びその構成員を内部から規制する治教権(ちきょうけん)があるが、この布達は、教導職という待遇官吏の廃止によって、教師の等級、任免を管長に委任し、政府はタッチしないこととしたものであるが、内務卿の認可という制約を設け統権は大幅に保留されていたといえる。
家をはじめとする世俗権力が寺社を外部から規制する統教権(とうきょうけん)と寺社自身が自己及びその構成員を内部から規制する治教権(ちきょうけん)である。爾来、宗教法規はこの布達を根幹として紛然たるままで明治三二年の宗教法案審議未了を含めて六〇年近くの永きに及ぶが、大正一五年(一九二六)五日勅令第一一六号で宗教制度調査会が設置せられ、その結果昭和一四年(一九三九)四月八日宗教団体法の公布をみるに至るのである。

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