妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

佐々木定頼

ささきさだより #591

佐々木定頼

ささきさだより

(一四九五-一五五二) 
室町代後期の守護大名。
従四位下、弾正少弼。
近江蒲生郡(現・近江八市安土町)観音寺城を居城とした。
江雲寺、霜台などと号し、先祖がその屋敷のあった京都六角の地名から六角氏とよばれ、代々六角佐々木氏と称せられたところから六角定頼ともいう。
文一六年(一五三七)女を細川晴元に嫁し、文一五年には、将軍義晴の子義輝の元服親となり、管領に準じて従四位下に叙せられた。
文一六年山門日蓮宗との和睦の斡旋をした。
また同年、将軍義晴と細川晴元が不和となり、晴元と共に京へ攻めのぼり、北白川城に将軍義輝を攻めて義晴、義輝の父子を近江に追い、翌年和睦した。
《『史大辞典』一四巻「六角定頼(ろっかくさだより)」の項》

← 事典トップ