妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

非人風呂

ひにんぶろ #5198

非人風呂

ひにんぶろ

特に非人を対象とした功徳風呂
遠く奈良朝光明皇后にさかのぼってもよいが、室町期京都法華宗本能寺の非人風呂が有名である。
永享一〇年(一四三八)本能寺境内地の艮(うしとら)に建てられてから享禄二年(一五二九)までの九一年存続した。
永享年(一四二九-四一)の飢饉と不況は神泉苑付近にすら非人小屋がたちならび、幕府は非人対策のため四町四方の本能寺境内に寺院功徳風呂としての非人風呂をたてるよう要請したので、本能寺日隆は西一三丈、南北一五丈の地に風呂場を建て、明日を持たぬ乞食や病人や囚人らの非人に施浴の功徳を施した。
日隆は慈悲心の厚い僧で滅後三七日忌法則中に「飢餓ルイ痩の乞食をみそなわしては涙を流して香飯を施し、身体疥癩の骸人に逢ひては憐を垂れて清銭を捨つ」と歎徳し、この非人風呂のことが謳われている。

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