ぶっし
仏像制作者の呼び名。飛鳥時代の法隆寺釈迦三蔵銘に「止利(とり)仏師」とあるのが古い。
一〇世紀末の康尚(こうじょう)は寺院工房から独立した大規模な私的工房を主宰し、貴族たちの需要に応えた。
その子とも弟子ともいわれる定朝は仏師としてはじめて法橋に任じられ、仏師の社会的地位を高めた。
以後の仏師は定朝を祖とする院・円・慶各派が主流となって活動した。
なお、絵仏師とよばれる仏画制作者をも仏師と呼ぶことがあり、両者を区別して仏像制作者を木仏師ということがある。
《『国史大辞典』一二巻「仏師」の項、『岩波仏教辞典』「仏師」の項》