細川勝益
細川勝益
ほそかわかつます
(生没年未詳)
日蓮宗の信者として知られ、明応四年(一四九五)には京都頂妙寺に土地を寄進し、また文亀元年(一五〇一)には領国である土佐国香美郡田村(現・香美市)に曽祖父頼益菩提のため桂昌寺(現在は妙国寺、高知県高知市に移転)を建立した。
斯波・畠山とならぶ管領三家の一つとして、足利一門の守護大名のなかでも重きをなしていた細川家は、その一族の家筋によって支配する守護国が固定していた。
〈頼元―満元―持之―勝元〉という流れが惣領家として管領の職につき、讃岐・丹波・摂津三国の守護職を世襲し、他の家筋がそれぞれ和泉半国・阿波・備中・淡路・土佐などを世襲した。
細川勝益は〈頼益―満益―持益―勝益〉という家筋に属し、土佐国の守護職を世襲した。
《『国史大辞典』一二巻「細川勝益」の項》