妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

渓舌律院(身延山南谷)

けいぜつりついん #4001

渓舌律院(身延山南谷)

けいぜつりついん

深草の元政と親しく、よく法華律を持った同広日中が居住した庵で、身延山南谷にあった。
日中は身延三一世日脱と深い交わりを結び、貞享元年(一六八四)渋谷信住日雅を加えた三者同心のもとに正住院を建立した。
ここに居住した日中は不断に妙法を読誦し堅固に法華律を持ったので、人々はその庵室を指して不尽読持堂と呼んだという。
日中は元禄一四年(一七〇一)和泉堺妙法寺に遷化した。
日中亡き後の正住院は、下山本国寺蔵の文久三年(一八六三)『西谷檀林渓舌寮修復勧募』の文に「当寮は本正住院日中聖人建立の渓舌寮也古寮朽損を蒙る故(略)此地に引移して学寮となすものなり」とあるように、いつの頃か移転して西谷檀林の学寮となったのである。
渓舌律院という名称は正住院が身延の清流のほとりにあり、そこで日中が厳しい持律の生活を送ったので名づけられたものであろう。

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