妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

浄光夫人

じょうこうふじん #3941

浄光夫人

じょうこうふじん

(-一六三五)
徳川二代将軍秀忠の側室で、会津の藩主保科正之の生母、しづの局お静の方とよばれ、法号を浄光院法紹日慧大姉という。
神尾伊予栄加の娘で、将軍秀忠の側室として仕え、慶長一六年(一六一一)五月七日、秀忠の三男を誕生した。 御子として認められず、穴山梅雪の後室見院に養われ、後に保科肥後守正光の養子となり、正之と名のった。
夫人は身延山二一世寂照院日乾に帰依して、日蓮宗を外護し、また読誦唱題にはげみ「婦女にして大丈夫の志なる者なり」といわれた。
寛永一二年九月一七日、病のため逝去。
子の保科正之は、母の菩提のため会津に花の寺(浄光寺)を建立した。
《宮崎英修『日蓮宗徒群像』》

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