妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

法恩寺(東京都墨田区本所)

ほうおんじ #3785

法恩寺(東京都墨田区本所)

ほうおんじ

東京都墨田区本所に所在。 平河山と号す。
太田道灌持資は長禄元年(一四五七)江戸城を築きこれに拠った。
持資は谷上杉氏に仕え定正の執事として功をなしたが、谷・山内両上杉氏の同盟を意図して誤解され、文明一八年(一四八六)七月二六日、定正に謀殺されたため長子資康は山内上杉氏のもとに走った。
資康の子資高は小田原の北条氏に仕え、大永五年(一五二五)、父の十三回忌追善のため、前年江戸城平河口に当寺を建立、三浦大明寺主日端を招いて開山祖となし冥福を祈った。
当寺は初め本住院と号したが、のち報恩寺と改め、慶長一一年(一六〇六)谷中に移り、元禄元年(一六八八)現地に再建した。
旧子院に法泉院、陽運院、千栄院、行院等がある。

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