池田氏
池田氏
いけだし
諸国の池田郷や池田庄という地名をとって池田氏は発祥しており、歴史上もっとも著名なのは江戸時代に備前岡山藩主および因幡鳥取藩主となった美濃池田氏である。
他には摂津池田氏、近江池田氏などがある。
美濃池田氏は摂津池田氏から興ったとされているが詳らかではない。
池田輝政が三河吉田城に転封されたとき、什門の一音院日円に帰依して妙音寺を建立し、転封の度に日円をして寺院を建造させた。輝正に再嫁した徳川家康の次女・督姫は教行院日受に深く帰依し、京都伏見に祈祷所本教寺を建て、日受を開山に仰いで童女の回向を依頼した。
しかし、その後、岡山藩主となった光政は儒教主義に基づいて藩政の改革を断行し、このとき五〇〇を超える僧が不受不施の故をもって追放され、寛文六年(一六六六)には寺院数百が廃寺にされた。