まつもとしんざえもん
(-一五三六頃) 久吉ともいう。
上総茂原(千葉県茂原市)妙光寺の篤信者、天文五年(一五三六)二月から京都一条鳥丸の観音堂で叡山西塔北尾の華王房が説法を巧みにし、広学博覧諸宗の精義を論じたので、諸人群集しこれに随喜渇仰していた。
たまたま上洛中の久吉はその好評を聞き、同信二人と聴聞した。
二月十一日華王房が宗門を論難誹謗し専ら真言即身成仏義を強調したのに対して、往復数十条の質疑を行い遂に閉口させ勝利を得た。
山門では、日蓮宗の信者とはいえ俗人に論破された失態はこの上ない恥辱と激怒し、以降は日蓮宗門の抑圧を強化してその京都追放を計る機縁となった。