本妙寺(中山法華経寺旧寺号)
本妙寺(中山法華経寺旧寺号)
ほんみょうじ
中山法華経寺の初期の寺号。
正中山と号した。
初祖日常に次いで第二世の貫首になったのは、日蓮聖人の檀越として有名な大田乗明の子息たる日高(一二五七-一三一四)である。
日高はこの地位につくに当り、父の館跡を寺として本妙寺と号し、自らここに住した。
従って中山法華経寺の中心は、従来の若宮法華寺から中山本妙寺へ移ることになり、現在に至っている。
若宮法華寺と中山本妙寺が合体して、中山法華経寺の寺号を称するようになったのは、戦国時代のことであった。
現在の中山法華経寺境内には、大田乗明の館跡をしのぶべく、土塁や堀の一部を残している。
なお若宮法華寺は、いまは中山法華経寺の奥之院である。