日陽(本覚院)
日陽(本覚院)
にちよう
(-一五八九)
本覚院と号す。名古屋市にある啓運山法華寺の第五世。
当寺は延徳年中(一四八九-九一)、織田家の祈願所として織田常勝によって建立された寺院と伝え、代々織田家一族の外護を受けていた。とくに日陽は織田信長と親しく、信長の岐阜城入城にともない、招かれて該地に寺地を与えられたという。現在の岐阜市にある法華寺がこれである。
また天正七年(一五七九)の安土宗論ののち、本国寺を始め諸大寺を破壊せんとする信長の苛酷な企てに際しては、自ら安土におもむき信長に謁し、死を賭してこの企てを諌めたと伝えられている。
信長はこの日陽の勇誠に感じ朱柄傘を送ったという。
慶長三年寂す。
《『日本仏教人名辞典』「日陽」の項》