にっつう #3116
にっつう
(生没年未詳) 覚性院と号す。 『日蓮宗寺院大鑑』「浄心寺」の項によれば、寛文年間の八月七日七一歳で寂したと記される。 東都深川浄心寺第二世。 徳川四代家綱の乳母三沢局、法号浄心院妙秀日求の遺志を託された開山日眼の遺命を継ぎ、日眼没(一六五七)の翌年、官より一万畝及び乗輿独礼の式を賜り、同女の法号をもって、法花山浄心寺とした。
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