にっそう
(一六二八-一七二八)
京都妙顕寺の第二一世貫首。字は叡(また睿)桓、境妙院と号す。
江戸の人で姓は山田氏。
身延山二七世・通心院日境の門に入り、中村檀林で学を収め、三〇世の化主となった。
更に京都の鷹ケ峰檀林の化主となり、元禄四年(一六九一)一〇月、玉沢妙法華寺の二五世に瑞世。
翌年には再び中村檀林の四一世化主となる。
元禄六年四月、妙顕寺二〇世日耀の譲をうけて、玉沢妙法華寺と妙顕寺の両寺を兼帯した。
晩年は鎌倉の高松寺の境妙庵に引退し、元禄一三年正月二〇日、八五歳で遷化。
著書に『円師行状』一巻がある。
古来『境妙庵御書目録』の境持院日通と混同されていた。