にちぞん
(一三六九-一四四七)
字を智賢、南陽坊と号す。
越後本成寺日陣の高弟で、陣門五哲の一人である。
『蒲郡長存寺過去帳』『長存寺旧記』によれば越後の生れで母の法名を教珍という。
日陣の東海布教(一三八〇年代)に随侍した際、単身で押切本竜寺を教化し日陣の命により同寺の発祖となった。
また蒲郡に長存寺を建立(一四四五-『旧記』)。
応永二七年(一四二〇)本成寺の付属をうけ二九年間在山する。
尚著作には本勝迹劣をとく『答釈』や『消息』(『宗全』第七巻)及び遺文を傍証として本勝をとき三秘を解説した『御抄略註』がある。