日国(埴谷妙宣寺・中山法宣院)
日国(埴谷妙宣寺・中山法宣院)
にっこく
(-一四七五)
埴谷左近将監重継の子。
幼名を千代寿龍丸(ちよずるまる)といい、弟は寅菊丸(とらぎくまる)のちの久遠成院日親である。
共に埴谷妙宣寺の日英に導かれて出家。
応永二四年(一四一七)八月には、日英より妙宣寺本尊聖教・堂職等を弟の寅菊丸(日親)と連名をもって譲られる。
そして日英は「右、此護状の旨にまかせて知行せしむべき也。もし、千代寿龍法師闕如の時は、寅菊丸知行せしむべき也。寅菊丸闕如の時は、千代寿龍法師知行すべき也」(原漢文『法宣院文書』)と命じ、その維持発展に大きな望みを託した。
この時、日親は一一歳といわれ、日国はのちに妙宣寺、法宣院(第四世)の住持となる。