日乗(皆如院)
日乗(皆如院)
にちじょう
(一六四八-一七〇三)
皆如院。
慶安元年に生まれる。
日乗は京都深草の元政に師事していたが、水戸光圀の招きを受け、常陸国太田の摩訶衍庵主(久昌寺住職)となった。
久昌寺は光圀の建立に係り、日乗は元禄一六年六月七日、五六歳で寂するまで三〇年近くにわたり住した。
この間、元禄四年から同一六年にかけて、日乗が記した日記を『日乗上人日記』という。
原本は久昌寺に伝わり、紙数一四一一枚、行書・草書体で書かれている。
内容は毎日の天候や世間の様子から詩歌・随想・紀行文・論説等にわたり、当時の世相を詳細に知ることができる。
水戸光圀に関する記述も多く光圀の実生活を知る好資料ともなっている。
『日乗上人日記』は昭和二九年(一九五四)、稲垣國三郎の編により公刊された。
《宮崎英修『日蓮宗の人びと』、同「摩訶衍庵日乗と恵雲院日具」『続・日蓮宗の人びと』》