妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

延山流

えんざんりゅう #2036

延山流

えんざんりゅう

延山流修法のことで、身延山一一世日朝、日意、日伝の頃関東、関西より修法に関する相伝書が身延山に蒐集され、これらの伝書切紙の解説会通も行われ、一二世日意の頃には中山流、当流(身延山流)という語も出て来ていて明らかに身延山流が形成されていたことが知られる。
その後、身延山に伝えられた多くの相伝書を整理して、承応二年(一六五三)、大坂高槻の一乗寺六世日栄のためにこれを相伝している。
なおこれより少し早く、身延山の積善坊一〇代中興の仙壽院日閑が出て身延山流の一派として積善坊流を創唱している。
この後、身延山では積善坊流が繁栄し、身延山も修法に関することは積善坊に任せたためか、身延山流の修法は古伝書を宝蔵に残すのみとなり、延山流即積善坊流といわれるようになった。

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