妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

幸国寺(東京都新宿区)

こうこくじ #2010

幸国寺(東京都新宿区)

こうこくじ

武州牛籠(現在、東京都新宿区)に所在、正定山と号す。
寛永七年(一六三〇)中明院日観の草創。
もと武将加藤清正の下屋敷であったが、清正没後寺として寄進された。
江戸中期、房総より除厄の祖師像を迎え奉じて以来、江戸十祖師の一つに数えられ、厄除け布引の祖師として今日に至る。
この由来を六牙院日潮の『本化別頭仏祖統紀』に「文永七年庚午高祖歳四十九房総之間疫病復行し民苦めること初の如し、使を遣して高祖を屈す、辞して往かず、工に命じて像を造しめ、経題を白布に書き、之を像の手に繋け、使に嘱して曰く、維像維加す、我に殊なること無し、之を奉ずること生の如せよ、使者命を承て帰り、海に跨て布を浸す、岸に著て之を見れば病垢拭が如し、衆等恭敬して弥信根を培す焉。 是像今武州牛籠幸寺に在り」と伝えている。
心性院日遠、慧明院日燈、智見院日暹各々筆の曼荼羅、清正公守本尊等を蔵す。

← 事典トップ