寂光寺(京都府京都市)
寂光寺(京都府京都市)
じゃっこうじ
京都市左京区仁王門通に所在。
妙泉山と称し顕本法華宗に属す。
天正六年(一五七八)妙満寺二六世久遠院日渕により、初め室町近衛町に創建、のち秀吉の命により寺町竹屋町に移るも、宝永五年(一七〇八)三月類焼して今の地に再建した。
日渕は京都の産、姓は加納氏で六歳の剃髪という。
一七歳より三井寺始め諸山に研鑽、特に安土宗論の時頂妙寺仏心院日珖、妙覚寺老僧常光院日諦らと共に選ばれ、その知識と弁舌を駆使して対論するも信長の詭計により敗退した。
弟子の算砂日海は二世を継いだが、囲碁・将棋をよくし、本因坊に隠居し、囲碁をもって信長、秀吉、家康の三代に仕えた。
信長は日海の碁技を称賛して「名人」と呼び、家康は基所・将棋所を預らしめた。
のち将棋所を大橋宗桂にゆずり本因坊は囲碁の宗家として重きをなした。
《「寂光寺史」、『本化別頭仏祖統紀』》