みょうしゅうじ #1584
みょうしゅうじ
現在は廃寺。 元和四年(一六一八)に、本阿弥光悦(一五五八-一六三七)が京都鷹ケ峰に母妙秀を葬り、その地に茅を結んで妙秀寺と呼んだ。 のち光悦の孫・本通院日允らがあとを守った。 当寺には、松ケ崎檀林一〇世の講主を務めた興遠院日善(一六〇二-八三)が葬られた。 なお現在は墓地だけが残り、日允の墓も存在している。
← 事典トップ