うでんのう
ウダヤナ国の国王。
仏陀が三十三天に昇って亡き生母のために説法した時、王は仏陀を拝し得ぬ苦しみから病を得、群臣は牛頭栴檀で仏像を造り、それによって王の病が癒えたという。
伝説ではあるがこれがインドの仏像の初めとされ、この模作が中国に伝わり、それを更に模刻したのが嵯峨清涼寺の栴檀瑞像であるといわれている。
わが国にはこの独特の衣文を着けた清涼寺式仏像が各地に存在する。
《『遺文辞典』歴史篇「優填大王」の項、『岩波仏教辞典』「優填王」の項、『国史大辞典』八巻「清涼寺式(せいりょうじしき)」の項》