しんちたいろんきろく
寛永七年(一六三〇)二月二一日、法華経の未信者である国主の供養をめぐって、身延久遠寺日暹を代表とする受不施方と、池上本門寺日樹を代表とする不受不施方の対論の記録をいう。
対論は江戸城内酒井雅楽頭忠世の館で行われたが、この対論記録には池上方の記録と『東武実録』所収の記録の二本がある。
しかし『東武実録』所収本は対論後三六年の寛文六年(一六六六)より間もないころ、身延側で作成したものを『東武実録』編纂に際し、無批判に収録したもので、対論の真相を知る基本史料とはならないとされている。