篠目流
篠目流
ささめりゅう
古来、陣門流に伝えられている祈祷の流派のこと。
「正中山御相承三十八箇切紙之内第一。
当病平癒加持要文。
日蓮撰」とある大正一五年(一九二六)書写された陣門流の祈祷伝書の奥に、「蓋し以て祈祷の諸大事は斯の三十八箇條にして、悉くこれを尽す。
元祖の常師に授くるに皆切紙にして(略)手鏡一枚これを伝授して後に惣べて切紙等を写さしむるべき者也。
正中山貫首日現在判。
示日遙」とある。
この「日遙」は日現(正中山二一世龍雲院=一六三三寂)の俗縁の甥に当り、伊豆佐々美蓮着寺の当住であったと後世この伝書を受継いだ日相が享保一五年(一七三〇)に書いている。
この蓮着寺の下「まないた岩」のある海岸は「ささめが浦」と呼ばれているため、この流の名ができたのであろう。
この流は現在でも行われ地方によって一枚ないし二枚木剣をもって祈祷修法している。
なお蓮着寺所蔵の伝書は大正の初め迄あり、その後東京に移したところ関東大震災に遭い烏有に帰したという。