にっとう
(一三六五-一四四二)
大賢房と号す。
正平(南朝)二〇年・貞治四年山城国(京都)に生る。
本国寺日伝の弟子で学頭であったが、日陣・日伝の本迹論争を聴聞し、日陣に帰伏して弟子となる。
日乗・日存・日台・日信らと共に日陣の五哲と称せられた。
弁説・学業は日台・日信に譲るが護法の念篤く、よく日陣を資け、四条油小路に小庵を結び日陣の京における道場となした。
応永一三年(一四〇六)四月、更に四町四面の境内地を買収し一宇を建立し日陣を迎え、光了山本禅寺と号す。後に付属を受け二世を継ぐ。
日陣より一六通の抄文消息を受け日陣より篤い信頼を受けていた。
嘉吉二年一月六日、八一歳にて示寂。