にちごん
(一三七四-一四四五)
京都本国寺第七世。本高院と称す。
公卿の出で本国寺第六世一意院日経の俗縁の兄。
応永一八年(一四一一)正月日経の寂するにおよんでその後職につく。
次いで法印の位に昇った。
貫首在職四年にして六条門徒の中より日厳貫首不服の声あがり、五代建立院日伝の弟子大周院日総が呼びよせられて日厳は追放された。
応永二一年四月五日退住。日厳別に一寺を建立して分立、これを木下(きのした)門徒といった。
寿七一・文安二年四月二月一日寂。
《『伝燈鈔』、『本化別頭仏祖統紀』、『日本仏教人名辞典』「日厳」の項》