敦煌石窟
敦煌石窟
とんこうせっくつ
中国甘粛省の西北端の敦煌の町の東南にある仏教石窟。
鳴沙山の崖に一・六キロにわたってうがたれている。
開鑿は四世紀中頃すぎ(三五三年と三六六年説がある)。
その後宋・元時代に至る一〇世紀あまりの間に多くの窟がつくられ、窟内に壁画が描かれ、塑像が安置された。
塑像、壁画には日本における法華経信仰の源流をうかがわせるものも少なくない。
現存窟数は四九二窟、なお増加するかもしれない。
石窟は千仏洞とよばれたこともあったが、現在は莫高窟(ばつこうくつ)の名が用いられている。
また石窟中の一小窟(一七窟)から、清の光緒二六年(一九〇〇)に数万点におよぶ古典籍類が発見された。それら古典籍類はスタイン、ペリオらによって将来され、世界各地に保存されている。
将来本以外の古典類は中国の北京国立図書館に収められている。
なお現地には敦煌研究院が設けられ、石窟の保存・修復、壁画の模写を始め、種々石窟の研究が行われている。
《『岩波仏教辞典』「敦煌莫高窟」の項、『図説仏教語大辞典』「石窟寺院」の項》