ぶっきょうこうとうふつうがっこう #517
ぶっきょうこうとうふつうがっこう
明治二〇年(一八八七)三月二日、大内青巒(一八四六-一九一八)の「各宗連合で高等普通教育を僧侶に施さう」という提案は、直ちに池上本門寺における会議で議決され、校長には青巒があたった。 この学校の支持者には新居日薩がいたが、各宗とも次第に資金を出さなくなり、運営に困難をきたし、日薩が遷化するとたちまち廃校になった。
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