二条尚基
二条尚基
にじょうひさもと
(一四七一-九七)
公卿。
近衛・九条・一条・鷹司と相並んで、代る代る摂政・関白に補せられた摂関家の一つ二条家に、関白政嗣の子として生れた。
文明一八年(一四八六)権大納言となり、延徳三年(一四九一)内大臣、明応六年(一四九七)五月右大臣に転じ、同年六月関白となる。
明応五年六月、内大臣の彼が法華宗に帰依したとの風聞によって、山門が朝廷に圧力を加えるということがあった。
このとき尚基は、ただ本能寺に招請されただけで、法華宗に帰依したのではないと述べ、この風聞を否定しているが、こうした山門の動向は、当時極盛期を迎えていた洛内法華宗の公卿たちへの浸透と無関係ではなかった。
《『国史大辞典』八巻「摂政」の項》