にちぜん
(一六三八-一七一七)
紀伊の人、俗姓下邑氏。
字は宣海、称智院と号す。
別に行首とも呼ばれた(『艸山集』)。
正保四年(一六四七)七歳にして中正院日護の弟子となる。
幼くして文藻を好み、また元政和尚にも学ぶ。
山科檀林に遊学し、のち玄義部の講主、山科檀林化主をつとめる。
のち延宝七年(一六七九)和歌山県君光貞の招によって養珠寺六世となる。
宝永七年(一七一〇)隠退、同国(和歌山県)伊賀郡粉河村の荒廃した覚王山妙宣寺を海士郡に移して再興す。
享保二年一二月二九日寂。
寿七九歳。
《『日本仏教人名辞典』「日禅」の項》