にちじょう
(-一三三七)
出羽阿闍梨と号す。
生年、寿令、俗姓等はすべて不明であるが『本化別頭仏祖統紀』巻一八によれば、あるいは風間信濃守信昭の一族かとも伝えている。
徳治元年(一三〇六)日昭は信昭の外護により相模の名瀬(現在の横浜市戸塚区名瀬町)に妙法寺を創建したが、この折に師を得度せしめたという。
文保元年(一三一七)日昭が浜の法華寺に帰るに際し、日成に同寺を譲った。
元亨三年(一三二三)信昭は任国の越後に帰り、それに伴って、同国の三嶋郡村田に妙法寺を移したので、日成もまたこれに赴いて教化を同地に布いた。
《『日本仏教人名辞典』「日成」の項》