妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日応(名古屋大光寺)

にちおう #2639

日応(名古屋大光寺)

にちおう

(-一六一二)
院号不詳。名古屋大光寺第二世。
身延第一三世日伝の門人。
徳川譜代の臣で、上野名和郷の邑主・平岩氏主計頭親吉が、自邑に本妙寺を興し、日伝を開山にまねいたので、師の命を受けてここにおもむき、師を開山とし、自らは第二世となった。
その後、平岩親吉が厩橋、甲州、尾州清須城へと封を転ずると、寺と共にこれにしたがい、功あって大僧都に叙せられた。
あとを法徒・日耀にゆずって慶長一七年六月一三日に寂す。
寿未詳。
なお大光寺の寺号は清須城に移ってから改めたものである。
現地(市内東区泉)への移転は日耀代のころからであるが、日耀は同寺伝に日耀ともいっている。

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