妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

莚三枚御書

全集 第7巻 2段 定本: #20430(定本の該当ページへ)

書下し

莚三枚御書むしろさんまいごしよ


[1]むしろ三枚・生和布なまわかめ給ひ了んぬ。
[2]そもそも三月一日より四日にいたるまでの御あそびに、心なぐさみてやせやまいもなをり、虎とるばかりをぼへ候ふ上、この御わかめ給ひて師子にのりぬべくをぼへ候ふ。
[3]さてはたからはところにより、人によて、かわりて候ふ。この身延山には石は多けれどもなし。こけ(苔)は多けれどもうちしく物候はず。木の皮をはいでしき物とす。むしろ(莚)いかでか財とならざるべき。
[4]億耳居士*おくにこじと申せし長者は足のうらにけ(毛)のを(生)いて候ひし者なり。ありき(歩行)のところ、いへの内は申すにをよばず、わたを四寸しきてふみし人なり。これはいかなる事ぞと申せば、先世にたうとき僧にくまのかわ(熊皮)をしかせしゆへとみへて候ふ。いわうや日本国は月氏より十万より(余里)をへだてて候ふ辺国なる上、へびす(夷)の島、因果のことわりもわきまへまじき上、末法になり候ひぬ。仏法をば信ずるやうにてそしる国なり。しかるに法華経の御ゆへに名をたたせ給ふ上、御むしろを法華経にまいらせ給ひ候ひぬれば、(後欠)
現代語訳

莚三枚御書


弘安五年(一二八二)三月上旬、六一歳、於身延、和文、定一九一三頁。

[1]むしろ三枚、生和布なまわかめかご頂載しました。お礼申し上げます
[2]さて、三月一日から四日にいたるまでのご慰問によって、心が晴れ、やまいもなおり、虎でも捕えることができるような壮快な気分になりましたが、その上にこんどは生和布をお送りいただいて、獅子でも乗りこなせるような快適さです。
[3]ところで、貴重なものというのは、所により人によって異なるものです。この身延山には、石は多いのですが、形は同じだといってもはありません。こけはたくさん生えていますが、地面を覆うという点では同じでも敷物としての役には立ちません。だから木の皮をはいで敷いています。そういう状況ですから、莚がどうして貴重でないはずがありましょうか。
[4]昔、インドの億耳居士おくにこじといった富豪は、足の裏に毛が生えている人でした。歩行するところは、家の中はいうまでもなく、屋外でも綿を四寸の厚さに敷いて踏んで行ったというほどに豊かな生活をした人です。ではどうしてそのような果報を得たかというと、前世で貴い僧に熊の皮の敷物を布施したことによるのだということが書物に書いてあります。これは仏の出現なさった昔のインドの話ですが、日本国のごときは、インドから十万余里も離れた辺鄙へんぴな国であるばかりか、文化の未開な島で、因果の道理も通用しないうえ、末法の暗黒時代に入ってしまっています。外見は仏法がさかんなようですが、実質は正法しようぼう誹謗ひぼうする国です。そのような悪い還境の中にあって貴殿は法華経の信奉者として名をお上げになるうえ、御莚を法華経にご供養なさったので、(後欠)