王日殿御返事
書下し
王日殿御返事
[1](前欠)弁の房の便宜に三百文、今度二百文給ひ了んぬ。
[2]仏は真に尊くして物によらず。昔の得勝童子は沙の餅を仏に供養し奉りて、阿育大王と生まれて、一閻浮提の主たりき。貧女の我かしら(頭)をおろ(剃)して油と成せしが、須弥山を吹きぬきし風もこの火をけさず。さればこの二三の鵞目は日本国を知る人の国を寄せ、七宝の塔を忉利天にくみあげたらんにもすぐるべし。
[3]法華経の一字は大地のごとし、万物を出生す。一字は大海のごとし、衆流を納む。一字は日月のごとし、四天下をてらす。この一字返じて月となる。月変じて仏となる。稲は変じて苗となる。苗は変じて草となる。草変じて米となる。米変じて人となる。人変じて仏となる。女人変じて妙の一字となる。妙の一字変じて台上の釈迦仏となるべし。南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。恐恐謹言。
[4]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[5]<先>王日殿先>
現代語訳
王日殿御返事
弘安三年(一二八〇)。五九歳、於身延、和文、定一八五三頁。
[1](前欠)弁の房日昭に托してくださった銭三百文、それから今度また別に二百文の銭をご供養いただきました。御礼申し上げます。
[2]仏はまことに尊いお方で、供養するものの量や質によって功徳に差をつけるということはありません。昔の得勝童子は、修行中の釈尊に砂の餅をご供養申し上げ、その功徳によって死後に阿育大王として生まれかわり、世界の大王となりました。また、貧しい女が自分の髪の毛を切って売り、その代金で油を買って仏に灯明を供養をしましたが、その灯明の火は、須弥山を吹きとばすほどの大風が吹いて他の人のかかげた灯明の火が全部消えた後にも、ただ一つだけ燃えつづけました。そのようなわけですから、この二百文・三百文の銭は、額は少ないようですが、日本国を知行する人が一国をあげて寄付し、七宝で飾り立てた大塔を忉利天に届くまで組み上げたよりもすぐれて尊いものといえましょう。
[3]法華経の一字は、大地のようなもので万物を生み出します。その一字は、大海のようなものですべての流れを集め納めます。その一字は、日や月のようなもので世界を明るく照らします。また法華経の一字は月となります。月が変わって仏となります。あるいは、稲の種は生長して苗となります。苗は稲草に育ちます。稲草は米をみのらせ、その米で人は生命を長らえ、そして仏と成ります。これらと同じように、女人は信心によって妙の一字となり、妙の一字は蓮華の台の上の釈迦仏となるのです。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。恐恐謹言。
[4]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[5]<先>王日殿先>