妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

乙御前母御書

全集 第7巻 2段 定本: #132(定本の該当ページへ)

書下し

乙御前母御書おとごぜんのははごしよ


[1]<先>をとごぜんのはは       <人>日 蓮
[2]いまは法華経をしのばせ給ひて仏にならせ給ふべき女人なり。かへすがへす、ふみ(文)ものぐさき者なれども、たびたび申し候ふ。また御房たちをもふびん(不便)にあたらせ給ふとうけ給はる。申すばかりなし。
[3]なによりも女房のみ(身)として、これまで来て候ひし事。これまでながされ候ひける事は、さる事にて御心ざしのあらわるべきにやありけんと、ありがたくのみをぼへ候ふ。
[4]如来の御弟子あまたをはししなかに、大弟子として十人ましまししが、なかに連尊者*もくけんれんそんじやと申せし人は神通第一にてをはしき。四天下*してんげと申して日月のめぐり給ふところを、かみすぢ(髪筋)一すぢき(切)らざるにめぐり給ひき。これはいかなるゆへぞとたづぬれば、せんしやう(先生)に千里ありしところをかよいて仏法を聴聞せしゆへなり。また、台大師の御弟子に安と申せし人は、万里をわけて法華経をきかせ給ひき。伝教大師は三千里をすぎて観をならい、玄奘三蔵は二十万里をゆきて般若経を得給へり。
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[6]道のとをきに心ざしのあらわるるにや。かれは皆男子なり。権化ごんげの人のしわざなり。今御身は女人なり。ごんじち(権実)はしりがたし。いかなる宿善にてやをはすらん。
[7]昔女人すいをと(好夫)をしのびてこそ或は千里をもたづね、石となり、木となり、鳥となり、蛇となれる事もあり。
[8]<日>十一月三日
[9]<人>日 蓮<花押>花押
[10]<先>をとごぜんのはは
[11]をとごぜんがいかにひとなりて候ふらん。法華経にみやづかわせ給ふほうこう(奉公)をば、をとごぜんの御いのちさいわいになり候はん。
現代語訳

乙御前母御書


文永十年(一二七三)一一月三日、五二歳、於佐渡一谷、和文、定七五四—七五六頁。

[1]乙御前の母よ。                    日 蓮
[2]あなたは、もはや法華経への信仰心が浸みわたって、当然、成仏なさる女性です。手紙というものは面倒なものですけれども、このことは大切なことなので、たびたび申し上げる次第です。どうか、自信をもってますますご信仰にお励みください。それから、鎌倉にいる弟子の僧侶方に対しても、いろいろとご外護げごくださっていると聞いております。感謝の気持はことばで言いつくせないほどです。
[3]さて過日、女性の身でありながら、わざわざこの佐渡が島まで訪ねて来てくださったのは、なみたいていのことではなくて、まるで、私が佐渡に流されたのは、私自身の問題ではなくて、あなたの法華経信仰の深さを表わすために起きた事件なのではないかとさえ思われて、ありがたさで胸がいっぱいです。このことについて思い起こされる話を二つ三つ記しましょう。
[4]如来のたくさんのお弟子たちの中で代表的な十人を十大弟子といっていますが、その一人のもくけんれん尊者は、神通力がすぐれていることで第一の方でした。四天下してんげといって日月の光の届く範囲の全世界を、髪の毛一本そこなうことなく修行し布教してめぐられました。どうしてそのようなことができたかといいますと、前世において千里の道をかよって釈尊の説法をお聞きした功徳のおかげです。また天台大師のお弟子の章安しようあんという人は、万里の道のりを隔てた大師を尋ねて法華経の教えを聴聞されました。あるいはまた伝教大師は、三千里の海山を越えて中国で摩訶止観を習学し、中国の玄奘三蔵は、二十万里の長途を克服してインドから般若経を伝来なさいました。
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[6]このように、道が遠いことによって、その難儀に堪えた人の志の深さが推し測れるというものでしょう。それにしても章安たちはみな男性です。そして仏菩が人の身となって現われた権現さまの仕事をしました。ところがあなたは五障があるといわれる女性です。権現さまにせよ本当の仏菩にせよ縁の遠い存在のはずです。それなのに成仏が確実であるというのは、前世でどんな善業をお積みになったというのでしょうか。
[7]昔、女が、いとしい男を恋い慕うあまり、あるいは千里の道をも遠しとせずに跡を追ったり、あるいは帰ってくるのを待ち続けてその場で石や木になってしまったり、あるいはまた鳥や蛇に生まれ変わって慕いつづけたという話が伝えられています。それらと同じように、今のあなたは、法華経にすべてを捧げつくしていらっしゃるから、わざわざ佐渡までおいでになって、法華経の行者である私をご供養くださり、またご自身の信仰の深さと成仏の確かさとをお示しになったのでしょう。
[8]<日>十一月三日
[9]<人>日 蓮 <花押>花押
[10]<先>乙御前の母よ
[11]乙御前はどんなに大きくなったことでしょうか。あなたが法華経の教えを守っていらっしゃるその功徳は、きっと乙御前の生涯を幸せなものとすることでしょう。