妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

妙心尼御前御返事

全集 第7巻 2段 定本: #20365(定本の該当ページへ)

書下し

妙心尼御前御返事みようしんあまごぜんごへんじ


[1]すず(種々)のもの給ひて候ふ。
[2]たうじはのう(農)時にて人のいとまなき時、かやうにくさぐさのものどもをくり給ひて候ふ事、いかにとも申すばかりなく候ふ。これもひとへに故入道殿の御わかれのしのびがたきに、後世の御ためにてこそ候ふらんめ。ねんごろにごせ(後世)をとぶらはせ給ひ候へば、いくそばくうれしくおはしますらん。
[3]とふ人もなき草むらに、露しげきやうにて、さばせかい(娑婆世界)にとどめをきしをさなきものなんどの、ゆくへきかまほし。あの蘇武*そぶが胡国に十九年、ふるさとの妻と子とのこひしさに、かりの足につけしふみ。安部あべ中磨呂なかまろが漢土にて日本へかへされざりし時、東よりいでし月をみて、「あのかすがの(春日野)の月よ」とながめしも、身にあたりてこそおはすらめ。
[4]しかるに法華経の題目をつねはとなへさせ給へば、この妙のじ御つかひに変ぜさせ給ひ、或は殊師利菩、或は賢菩、或は行菩、或は軽菩等とならせ給ふ。ちんし(陳子)がかがみ(鏡)のとり(鳥)のつねにつげ(告)しがごとく、蘇武がめ(妻)のきぬたのこえのきこへしがごとく、さばせかいの事を冥途めいどにつげさせ給ふらん。
[5]また妙の文字は花のこのみとなるがごとく、半月の満月となるがごとく、変じて仏とならせ給ふ文字なり。されば経に云はく「〔よくこの経を持つはすなわち仏身を持つなり〕」と。台大師の云はく「〔一々文々これ真仏なり〕」等云云。妙の文字は三十二相八十種好円備せさせ給ふ釈如来にてをはしますを、我等が眼つたなくして文字とはみまいらせ候ふなり。譬へば、はちす(蓮)の子の池の中に生ひて候ふがやうに候ふはちすの候ふを、としよりて候ふ人は眼くらくしてみず。よるはかげの候ふを、やみにみざるがごとし。されどもこの妙の字は仏にておはし候ふなり。また、この妙の文字は月なり。日なり、星なり、かがみなり、衣なり、食なり、花なり、大地なり、大海なり。一切の功徳を合わせて妙の文字とならせ給ふ。または如意宝珠によいほうじゆのたまなり。かくのごとくしらせ給ふべし。くはしくはまたまた申すべし。
[6]<日>五月四日
[7]<人>日 蓮<花押>花押
[8]<先>はわき殿申させ給へ
現代語訳

妙心尼御前御返事


弘安三年(一二八〇)五月四日、五九歳、於身延、和文、定一七四七—一七四八頁。

[1]種々のご供養の品をお送りいただきました。
[2]今は農繁期で、人手の足りないおりであるにもかかわらず、このように種々の品々を送り届けてくださいましたこと、何ともお礼の申し上げようがありません。これもひとえに、亡きご夫君との別れが忍びがたいにつけて、後世ごせ菩提をお祈りになるためのご供養でありましょう。あなたが、このように心をこめて後世のご供養をなさるので、亡魂はどれほど嬉しくお思いになっていらっしゃることでしょうか。
[3]ご夫君は、訪れる人もなく露深い草葉の蔭で、娑婆世界に遺してきた幼い子らの近況を知りたがっていらっしゃるでしょう。あの、中国の蘇武が、胡国に捕われの身となって十九年間も帰されず、妻子恋しさのあまりに雁の足に手紙を結いつけて故郷へ届けさせたことや、日本の阿倍仲麻呂が、唐に渡って帰国できなくなった時に、東方から昇る月を見て「天の原ふりさけみれば春日なる三笠みかさの山に出でし月かも」と詠歌したことなどを、わが身のことのように思い起こしていらっしゃることでしょう。
[4]しかし、あなたが法華経のお題目をいつもいつもお唱えになっていらっしゃるので、妙法蓮華経の妙の字が仏の御使者に身をお変えになり、あるいは文殊師利菩、あるいは普賢菩、あるいは上行菩、あるいは常不軽菩などとなられることでしょう。そしてその御使者方は、中国の陳子が妻と分けあった鏡が鳥となって相手の情報を常に告げたように、また蘇武の妻が遠国に捕われている夫を恋うて打つきぬたの音が蘇武の耳に聞こえたように、娑婆世界のことを冥途のご夫君にお伝えくださっていることと思います。
[5]また妙の文字は、花が果実を結ぶように、半月が満月となるように、変じて仏の御身となられる文字なのです。だから法華経の見宝塔品に、「く此の経をたもつは、すなわち仏の身を持つなり」とあり、天台大師は「一々の文々は、みなこれ真の仏なり」と説かれているのです。そのように、妙の文字は三十二相八十種好という仏の瑞相をすべて円満にお具えになっている釈如来でいらっしゃるのですが、私たちの濁った眼はそれを見抜く力を持っていないものですから、ただの文字に過ぎないと拝見するばかりなのです。たとえば、蓮華が池の水面下で芽を出していても、老人の悪い目ではそれを見つけることができず、影があっても夜の暗闇の中ではどこが影であるのか区別がつけられないようなもので、私たちにはわからなくても、この妙の字は厳然として仏身でいらっしゃるのです。また、この妙の文字は、月です。日です。星です、鏡です、衣です、食物です、花です、大地です、大海です。それら私たちを恵み育てるすべてのものの功徳が合わさって妙の文字となっていらっしゃるのです。もし宝物でいうならば如意宝珠の玉がそれに当たりましょう。そのようにご理解くださいますように。細かいことは、またいずれ申し上げます。
[6]<日>五月四日
[7]<人>日 蓮 <花押>花押
[8]<先>伯耆はわき殿ご説明ください