妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

窪尼御前御返事

全集 第7巻 2段 定本: #20369(定本の該当ページへ)

書下し

窪尼御前御返事くぼあまごぜんごへんじ


[1]仏の御弟子の中になりち(阿那律)と申せし人は、くぼん(斛飯)王の御子、いえにたからをみてておはしき。のちに仏の御でしとなりては、天眼第一のあなりちとて、千大千世界を御覧ありし人。法華経の座にては、普明如来ふみようによらいとならせ給ふ。
[2]そのさきのよ(前世)の事をたづぬれば、ひえ()のはん(飯)を辟支仏*びやくしぶつと申す仏の弟子にくやうせしゆへなり。いまの比丘尼は、あわ(粟)のわさごめ(早稲)山中にをくりて法華経にくやうしまいらせ給ふ。いかでか仏にならせ給はざるべき。恐恐謹言。
[3]<日>六月二十七日
[4]<人>日 蓮<花押>花押
[5]<先>くぼの尼御前御返事
現代語訳

窪尼御前御返事


弘安三年(一二八〇)六月二七日、五九歳、於身延、和文、定一七五三頁。

[1]仏の御弟子の中に阿那律あなりつという人がいましたが、その人は斛飯王こくぼんのうのお子さんで、たいへんな富豪でいらっしゃいました。後に釈尊のお弟子となってからは「天眼てんげん第一の阿那律」といわれ、三千大千世界のことは隅々まで見通すことのできた方です。また釈尊が法華経をお説きになった席では、後に必ず成仏するという記別を授けられて、その通り普明如来におなりになりました。
[2]このような果報を得られた阿那律尊者の前世の因縁を尋ねてみると、ひえのご飯を辟支仏びやくしぶつという仏の弟子にご供養したからです。今、あなたは、あわ早稲米わさごめを身延山中に送って法華経にご供養なさいました。阿那律尊者の例を見るにつけても、どうして成仏なさらないはずがありましょうか。恐恐謹言。
[3]<日>六月二十七日
[4]<人>日 蓮 <花押>花押
[5]<先>窪の尼御前御返事