窪尼御前御返事
書下し
窪尼御前御返事
[1]仏の御弟子の中にあなりち(阿那律)と申せし人は、こくぼん(斛飯)王の御子、いえにたからをみてておはしき。のちに仏の御でしとなりては、天眼第一のあなりちとて、三千大千世界を御覧ありし人。法華経の座にては、普明如来とならせ給ふ。
[2]そのさきのよ(前世)の事をたづぬれば、ひえ(稗)のはん(飯)を辟支仏と申す仏の弟子にくやうせしゆへなり。いまの比丘尼は、あわ(粟)のわさごめ(早稲)山中にをくりて法華経にくやうしまいらせ給ふ。いかでか仏にならせ給はざるべき。恐恐謹言。
[3]<日>六月二十七日日>
[4]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[5]<先>くぼの尼御前御返事先>
現代語訳
窪尼御前御返事
弘安三年(一二八〇)六月二七日、五九歳、於身延、和文、定一七五三頁。
[1]仏の御弟子の中に阿那律という人がいましたが、その人は斛飯王のお子さんで、たいへんな富豪でいらっしゃいました。後に釈尊のお弟子となってからは「天眼第一の阿那律」といわれ、三千大千世界のことは隅々まで見通すことのできた方です。また釈尊が法華経をお説きになった席では、後に必ず成仏するという記別を授けられて、その通り普明如来におなりになりました。
[2]このような果報を得られた阿那律尊者の前世の因縁を尋ねてみると、稗のご飯を辟支仏という仏の弟子にご供養したからです。今、あなたは、粟の早稲米を身延山中に送って法華経にご供養なさいました。阿那律尊者の例を見るにつけても、どうして成仏なさらないはずがありましょうか。恐恐謹言。
[3]<日>六月二十七日日>
[4]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[5]<先>窪の尼御前御返事先>