妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

窪尼御前御返事

全集 第7巻 2段 定本: #20333(定本の該当ページへ)

書下し

窪尼御前御返事くぼあまごぜんごへんじ


[1]御供養の物、数のままにたしかに給ひ候ふ。
[2]当事は五月のころおひにて民のいとまなし。その上、宮の造営にて候ふなり。かかる暇なき時、山中の有様思ひやらせ給ひて送りたびて候ふ事、御志殊にふかし。
[3]阿育大王*あいくだいおうと申せし王は、この天の日のめぐらせ給ふ一閻浮提*いちえんぶだいを大体しろしめされ候ひし王なり。この王は昔勝とていつつになる童にて候ひしが、釈仏にすなのもちゐ(沙)をまいらせたりしゆへに、かかる大王と生まれさせ給ふ。この童はさしも心ざしなし、たわふれなるやうにてこそ候ひしかども、仏のめでたくをはすれば、わづかの事もものとなりてかかるめでたき事候ふ。
[4]まして法華経は仏にまさらせ給ふ事、星と月とともしびと日とのごとし。
[5]また御心ざしもすぐれて候ふ。されば入道殿も仏にならせ給ふべし。また一人をはするひめ御前ごぜも、いのちもながく、さひわひもありて、さる人のむすめなりときこえさせ給ふべし。当時もおさなけれども母をかけてすごす女人なれば、父の後世をもたすくべし。
[6]から(唐)国にいし(西施)と申せし女人は、わかなを山につみて、をひたるはわ(老母)をやしなひき。天あはれみて、越王と申す大王のかり(狩)せさせ給ひしが、みつけてきさき(后)となりにき。これもまたかくのごとし。をやをやしなふ女人なれば天もまほらせ給ふらん、仏もあはれみ候ふらん。一切の善根の中に、孝養父母は第一にて候ふなれば、まして法華経にてをはす。こがねのうつわものに、きよき水を入れたるがごとく、すこしももる(漏)べからず候ふ。めでたしめでたし。恐恐謹言。
[7]<日>五月四日
[8]<人>日 蓮<花押>花押
[9]<先>くぼの尼御前御返事
現代語訳

窪尼御前御返事


弘安二年(一二七九)五月四日、五八歳、於身延、和文、定一六四五—一六四六頁。

[1]ご供養の品は、書付けに記されたとおりたしかに頂戴いたしました。
[2]今は五月の農繁期で寸暇も惜しい時です。その上、富士大宮造営のことがあります。そのようなご多忙の時期に、山中の窮状を察してくださって、ご供養の品をわざわざお届け下さいましたこと、そのお志はことさらに深いものと、ありがたく思います。
[3]インドの阿育大王と申しました王は、一天に輝く太陽が輝らし出す範囲の世界の大部分を統治なさった方です。この王は、過去の世で徳勝という人でしたが、五歳になる童子であった時に、釈尊に砂で作ったをご供養なさった功徳によって、今の世でそのような大王にお生まれになったのです。徳勝童子には特別な志があったわけではありません。子供の戯れとして行なっただけのことなのですが、仏が尊いお方であるので、わずかなことでもそれが原因となって、このようなすばらしい結果を生むことになるのです。
[4]まして法華経は釈尊よりも格段に尊くて、たとえば、星と月や、灯火と太陽やを比較するほどに大差があるのです。だから法華経を信奉することの篤いあなたの功徳は計り知れません。
[5]それを縁として亡きご夫君も成仏なさるでしょう。また一人子でいらっしゃるおじようさんも、無病息災で長生きをし、幸福でもあって、さすがは法華経信者の娘だと評判されるようにおなりでしょう。お嬢さんは現在でも、まだ幼いにもかかわらず母の面倒をみながら暮らすほどの方ですから、母の志を受けて、亡父の御供養も怠りなくなさるでしょう。
[6]昔、中国に西施せいしという女性がおり、山で若菜を摘んでは老母を養いました。天がその健気けなげさに感動なさって、越王という大王が狩猟中に彼女を見出して后とする機会を作ったのでした。あなたのお嬢さんもこの例に漏れないと思います。親を養う人なのですから、天もお守りくださるでしょうし、仏も哀れみをかけてくださるでしょう。すべての善行の中で父母に孝養を尽くすのが第一に大切なことですから、仏天のご加護は間違いないのですが、まして仏天よりも格段に尊い法華経がお守りくださるのです。金の容器に浄水を入れたように、少しも漏れることのない功徳がいただけるのでしょう。めでたいことです。めでたいことです。恐々謹言。
[7]<日>五月四日
[8]<人>日 蓮 <花押>花押
[9]<先>窪の尼御前御返事