松野殿御返事
書下し
松野殿御返事
[1]種種の物送り給ひ候ひ了んぬ。
[2]山中のすまゐ思ひ遣らせ給ふて、雪の中ふみ分けて御訪ひ候ふ事、御志定めて法華経、十羅刹も知食し候ふらん。
[3]さては涅槃経に云はく「〔人命の停らざることは山水にも過ぎたり、今日存すといえども明日保ちがたし〕」文。摩耶経に云はく「〔譬えば旃陀羅の羊を駈けて屠家に至るがごとし、人命もまたかくのごとく歩歩死地に近づく〕」文。法華経に云はく「〔三界は安きこと無し、なお火宅のごとし。衆苦充満して、はなはだ怖畏すべし〕」等云云。これらの経文は我等が慈父大覚世尊、末代の凡夫をいさめ給ひ、いとけなき子どもをさし驚かし給へる経文なり。
[4]しかりといえども須臾も驚く心なく、刹那も道心を発さず、野辺に捨てられなば一夜の中にはだかになるべき身をかざらんがために、いとまを入れ衣を重ねんとはげむ。命終わりなば三日の内に水と成りて流れ、塵と成りて地にまじはり、煙と成りて天にのぼりあともみへずなるべき身を養はんとて、多くの財をたくはふ。このことはりは事にふり候ひぬ。
[5]ただし当世の体こそ哀れに候へ。日本国数年の間、打ち続きけかちゆききて衣食たへ、畜るひをば食つくし、結句人をくらう者出来して、或は死人・或は小児・或は病人等の肉を裂き取りて、魚鹿等に加へて売りしかば人これを買ひくへり。この国存の外に大悪鬼となれり。
[6]また去年の春より今年の二月中旬まで疫病国に充満す。十家に五家、百家に五十家、皆やみ死し、或は身はやまねども心は大苦にあへり。やむ者よりも怖し。たまたま生き残れりたれども、或は影のごとくそ(添)ゐし子もなく、眼のごとく面をならべし夫婦もなく、天地のごとく憑みし父母もおはせず、生きても何にかせん。心あらん人々いかでか世を厭はざらん。「〔三界は安きことなし〕」とは仏説き給ひて候へども法に過ぎて見え候ふ。
[7]しかるに予は凡夫にて候へども、かかるべき事を仏かねて説きをかせ給ひて候ふを、国主に申しきかせ進らせ候ぬ。それにつけて御用ひは無くしていよいよ怨をなせしかば力及ばず。この国既に謗法と成りぬ。法華経の敵に成り候へば三世十方の仏神の敵と成れり。御心にも推せさせ給ひ候へ。
[8]日蓮何なる大科有りとも法華経の行者なるべし。南無阿弥陀仏と申さば何なる大科有りとも念仏者にて無しとは申しがたし。南無妙法蓮華経と我口にも唱へ候ふ故に、罵られ、打ちはられ、流され、命に及びしかども、勧め申せば法華経の行者ならずや。
[9]法華経には行者を怨む者は阿鼻地獄の人と定む。四の巻には「仏を一中劫罵るよりも末代の法華経の行者を悪む罪深し」と説かれたり。七の巻には「行者の軽しめし人々、千劫阿鼻地獄に入る」と説き給へり。五の巻には「我が末世末法に入つて法華経の行者有るべし。その時その国に持戒破戒等の無量無辺の僧等集まりて国主に讒言して、流し失ふべし」と説かれたり。しかるにかかる経文かたがた符合し候ひ了んぬ。未来に仏に成り候はん事疑ひなく覚え候ふ。委細は見参の時申すべし。
[10]建治四年〈戊寅〉<日>二月十三日日>
[11]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[12]<先>松野殿御返事先>
現代語訳
松野殿御返事
建治四年(一二七八)二月一三日、五七歳、於身延、和文、定一四四一—一四四三頁。
[1]いろいろのお品をお送りいただきました。お礼申し上げます。
[2]過日は、山中での不自由な生活を思いやりくださって、わざわざ深い雪を踏み分けてお訪ねくださいましたこと、そのご誠意は、きっと法華経も十羅刹女もお認めくださっているでしょう。
[3]さてさて涅槃経に「人の命が停まらないことは山中の急流よりも甚だしい。今日、存在したといっても明日まであるかどうかわからない」とあり、摩耶経に「たとえば旃陀羅が羊を追いたてて屠家に至るようなものだ。人命もまたそのように一歩一歩死地に近づく」とあり、法華経には「三界は安らかであることがない、まるで火宅のようなものだ。いろいろな苦しみが充満していて甚だ怖畏すべき所である」とあります。これらは、私たちの慈父でいらっしゃる大覚世尊が、人生の無常であることを末代の凡夫にお教えになり、幼稚な子どもをハッと目ざめさせなさる経文です。
[4]しかしながら、その道理にすこしも気がつかず、寸時も仏道心を発さず、死んで野辺に捨てられたならば、一夜のうちに裸になってしまう身を飾りたてようとして、むだな時間をかけ、衣服を重ねようと努める。あるいはまた、死ねば三日ほどの短い間に、水となって流れ去り、塵となって地に混じり、煙となって空に昇り、跡形もなくなってしまう身を保ち養おうとして、多くの財産を貯える。そういう浅はかな人間の営みについては、昔からよくいわれていることです。
[5]それにしても、今の世の状態は悲惨です。日本国は数年間飢饉が続いて、衣食がなくなり、家畜を食いつくした後には、とうとう人肉を食う者まで出て、あるいは死人、あるいは幼児、あるいは病人たちの肉を切り裂いて、魚や鹿の肉に混ぜて売ったので、みんな、知らないうちに人肉を買って食っています。日本は、思いもよらないような大悪鬼の国となってしまったのです。
[6]また、去年の春から今年の二月中旬まで、流行病が国じゅうに蔓延しました。十軒に五軒、百軒に五十軒の家の人々がみな病死し、あるいは病気にかからない人でも精神的にはたいへんな苦痛を味わいました。その恐怖感は病人にもまさるほどでした。たまたま生き残ったとしても、あるいは影のように付き添っていた子に死なれ、あるいは両眼のように顔を並べていた夫や妻と別れ、あるいは天地のように頼りにしていた父母を失ったのでは、生きていても何の意味がありましょうか。分別のある人々はどうして人生を嫌悪しないでいられましょうか。「三界は安らかなことがない」とは仏が説いていらっしゃることですが、それにしても現今の日本国の状態はあまりに酷すぎるように思われます。
[7]ところが私は、自分自身は凡夫ですが、仏のお説に、日本は悲惨な状態に陥ることが予言されている旨を国主に申し伝えておきました。ところが国主はそのことをご信用なさらず、ますます迫害を加えるのでいたしかたありません。日本はもう謗法の国となってしまいました。法華経の敵となったのですから、三世にわたる十方の諸仏諸神を敵にまわしたことになります。眼前に展開する惨禍の根源をよくよくご推察なさってください。
[8]私は、どんなに大きな罪科を負ったとしても法華経の行者であることに変わりはありません。それは、南無阿弥陀仏と念仏を唱える人が、どんな大罪に陥っても念仏者でないとはいえないのと同じです。私は、南無妙法蓮華経と高声に唱えるために、罵倒されたり、打擲されたり、配流されたり、ついには生命の危機を体験しましたが、それでも怯むことなく、南無妙法蓮華経の信行を人に勧説しているのですから、法華経の行者でないはずがありません。
[9]法華経には、法華経の行者を敵視する者は必ず阿鼻地獄に落ちると説かれています。すなわち第四巻の法師品には「仏を一中劫のあいだ罵り続ける罪よりも、末法時代に出現した法華経の行者を悪む罪の方が深大である」とあり、第七巻の不軽品には「法華経の行者を軽侮した人々は、千劫のあいだ無間地獄に落ちる」とあり、第五巻の勧持品には「仏の滅後、末世・末法に入って法華経の行者が出現するであろう。その時、その国に、持戒の僧も破戒の僧も数えきれないほど集まって国主に讒言をし、法華経の行者を流罪・死罪に会うようにする」と説かれています。ところが、これらの経文は、どれもこれも私の身の上に合致しました。だから私は間違いなく法華経の行者であり、未来に仏になれることは疑いないと思われます。委細はまたお目にかかった時に申し上げましょう。
[10]建治四年〈戊寅〉<日>二月十三日日>
[11]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[12]<先>松野殿御返事先>