妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

上野殿母尼御前御返事

全集 第7巻 2段 定本: #20418(定本の該当ページへ)

書下し

上野殿母尼御前御返事うえのどのははあまごぜんごへんじ


[1]の米一だ・聖人*すみざけ一つつ〈二十ひさげか〉・つかうひとかうぶくろ(一紙袋)、おくり給び候ひ了んぬ。
[2]このところのやうせんぜん(前々)に申しふり候ひぬ。
[3]さては去ぬる文永十一年六月十七日この山に入り候ひて今年十二月八日にいたるまで、この山出づる事一歩も候はず。ただし八年が間やせやまいと申し、とし(齢)と申し、としどしに身ゆわく、心をぼれ(耆)候ひつるほどに、今年は春よりこのやまいをこりて、秋すぎ冬にいたるまで、日々にをとろへ、夜々にまさり候ひつるが、この十余日はすでに食もほとをど(殆)とどまりて候ふ上、ゆき(雪)はかさなり、かん(寒)はせめ候ふ。身のひゆる事石のごとし。胸のつめたき事氷のごとし。しかるにこのさけ(酒)はたたかにさしわかして、かつかうをはたとくい切つて、一度のみて候へば、火を胸にたくがごとし、ゆに入るににたり。あせ(汗)にあかあらい、しづくに足をすすぐ。
[4]この御志ざしはいかんがせんとうれしくをもひ候ふところに、両眼よりひとつのなんだをうかべて候ふ。まことやまことや去年の九月五日こ(故)五郎殿のかくれにしは。いかになりけると、胸うちさわぎて、ゆびををりかずへ候へば、すでに二ケ年十六月四百余日にすぎ候ふか。それには母なれば御をとづれや候ふらむ。いかにきかせ給はぬやらむ。
[5]ふりし雪もまたふれり。ちりし花もまたさきて候ひき。無常ばかりまたもかへりきこへ候はざりけるか。あらうらめし、あらうらめし。
[6]余所よそにてもよきくわんざ(冠者)かな、よきくわんざかな。玉のやうなる男かな、玉のやうなる男かな。いくせをやのうれしくをぼすらむとみ候ひしに、満月に雲のかかれるがはれずして山へ入り、さかんなる花のあやなくかぜにちるがごとしと、あさましくこそをぼへ候へ。
[7]日蓮は所らう(労)のゆへに人々に御ふみの御返事も申さず候ひつるか、この事はあまりになげかしく候へば、ふでをとりて候ふぞ。これもよもひさしくもこのよに候はじ。一定いちじよう五郎殿にゆきあいぬとをぼへ候ふ。母よりさきにけさん(見参)し候わば、母のなげき申しつたへ候はん。事々またまた申すべし。恐恐謹言。
[8]<日>十二月八日
[9]<人>日 蓮<花押>花押
[10]<先>上野殿母御前御返事
現代語訳

上野殿母尼御前御返事


弘安四年(一二八一)一二月八日、六〇歳、於身延、和文、定一八九六—一八九九頁。

[1]の米一駄、清酒一筒〈二十提か〉、かつこう一紙袋、お送りいただきました。御礼申し上げます。
[2]この身延の様子は前に申し上げましたが、あい変わらずの状況です。
[3]さて私は去る文永十一年(<暦>一二七四)六月十七日にこの山に入りまして、弘安四年十二月八日の今日にいたるまで、一歩もこの山を出たことがありません。修行一途いちずに過ごしています。とはいっても、八年の間、やまいにかかったことや、老齢になったことやで、年々に体が衰弱し、心が散漫になってしまったのですが、とくに今年は、春からこの病気がおこって、秋を過ぎ、冬の今にいたるまで治まらず、体は日々に衰え、病は夜々に重くなって、この十日あまりはもう食事もほとんど喉を通らなくなりました。その上、雪は降り積もり、寒さは襲いかかります。体が冷えることは石のようです。胸の冷たいことは氷のようです。ところが、このたび送っていただいた清酒を温かくかんして、かっこうをバリッと食い切って、ひとたび飲み下しますと、火をたいたように胸が熱くなり、湯につかったように体が暖かくなります。流れ出る汗で垢を洗い落とし、したたり落ちる汗で足をすすぎ清めます。
[4]貴重な品々をお送りくださったお志に対し、何と御礼を申し上げようかと嬉しく思っていましたところ、両眼から熱い涙があふれてきました。ほんとにほんとに、ご子息故五郎殿が亡くなってしまったのは去年の九月五日のことでしたね。その後は故五郎殿は冥途でどうしていらっしゃることかと心配になって指折り数えてみれば、もうあれから二箇年、月にすると十六箇月、日にすると四百余日が過ぎているのですね。あなたは母なのですから、ご子息からの連絡をお受けになったことでしょう。どうして様子を教えてくださらないのですか。
[5]去年の冬に降った雪が今年も降りました。去年散った花が今年も咲きました。こうして自然は巡回をくり返すのに、亡くなった人ばかりは二度と息を吹き返しなさることがないのですね。ああ怨めしいことです、怨めしいことです。
[6]故五郎殿は、余所目よそめにも、頼もしい若者であることよ、立派な青年であることよ、親はどれほど嬉しくお思いになっているだろうか、と見ていましたが、こうこうと照る満月にむら雲がかかってそのまま山の端に入ってしまうように、あるいは今をさかりと咲き匂う桜の花が強風にあってはらはらと散ってしまうように、あまりにはかなく若い命を落としてしまわれたことよと、慨に堪えません。
[7]私は病気のために、皆さんからのお手紙に対して返事も書かずにおりましたが、故五郎殿のご去のことは、あまりに悲しく思いますので筆を執ったのですよ。私自身、もはや長くはこの世にいないでしょう。きっと近いうちに五郎殿とお会いすると思います。母のあなたより先にお目にかかったら、母上がどれほどき悲しんでいるかということをお伝えいたしましょう。詳細はまたお便りします。恐々謹言。
[8]<日>十二月八日
[9]<人>日 蓮 <花押>花押
[10]<先>上野殿母御前御返事