上野殿御書
書下し
上野殿御書
[1](前欠)あぢわい、大海の一渧は五味のあぢわい、江河の一渧は一つの薬なり。大海の一渧は万種の一丸のごとし。南無阿弥陀仏は一河の一渧、南無妙法蓮華経は大海の一渧。阿弥陀経は小河の一てい(渧)、法華経の一字は大海の一てい。
[2]故五郎殿の十六年が間の罪は江河の一てい、須臾の間の南無妙法蓮華経は大海の一てい等云云。
[3]それこれは花のつぼみさいて菓なる。をやは死にて子にになわる。これ次第なり。譬へば(後欠)
現代語訳
上野殿御書
弘安四年(一二八一)春・夏ころ、六〇歳、於身延、和文、定一八七〇頁。
[1](前欠)の味であり、大海の水の一滴は、あらゆる味の要素を含んだ珍味です。また、小さな江河の水の一滴はふつうの丸薬であり、大海の水の一滴は万病に効く妙薬の一丸です。それと同じいい方をするならば、南無阿弥陀仏は小河の滴、南無妙法蓮華経は大海の一滴です。阿弥陀経は小河の一滴、法華経の一字は大海の一滴です。
[2]亡き子息五郎殿が殺生を務めとする武士の家に生まれて十六年間過ごした罪は小河の一滴のように軽少なものであり、わずかな間の南無妙法蓮華経の信仰は大海の一滴のように重大なものですから、故五郎殿の成仏は疑いないでしょう。
[3]そもそも思いをめぐらしてみれば、花はつぼみが開いて果実がなります。親は死んで子によって葬られます。これが物事の順序というものです。たとえば(後欠)