妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

上野殿御返事

全集 第7巻 2段 定本: #20402(定本の該当ページへ)

書下し

上野殿御返事うえのどのごへんじ


[1]蹲鴟いも一俵び了んぬ。
[2]またかうぬし(神主)のもとに候ふ御乳塩ちしお一疋、並びに口付一人候ふ。
[3]さては五郎殿の事はそのなげき()ふり(古)ずとおもへども、御けさんははるかなるやうにこそおぼえ候へ。
[4]なをもなをも法華経をあだむ事はたえつとも見え候はねば、これよりのちもいかなる事か候はんずらめども、いままでこらへさせ給へる事まことしからず候ふ。仏の説ひての給はく、「火に入りてやけぬ者はありとも、大水に入りてぬれぬ者はありとも、大山は空へとぶとも、大海は天へあがるとも、末代悪世に入れば須臾しゆゆの間も法華経は信じがたき事」にて候ふぞ。
[5]きそう皇帝は漢土のあるじ、蒙古国にからめとられさせ給ひぬ。岐の法王は日本国のあるじ、右京*うきようごん大夫だゆう殿にせめられさせ給ひて、島にてはてさせ給ひぬ。法華経のゆへにてだにもあるならば、即身に仏にもならせ給ひなん。わづかの事には身をやぶり命をすつれども、法華経の御ゆへにあやしのとがにあたらんとおもふ人は候はぬぞ。身にて心みさせ給ひ候ひぬらん。たうとし、たうとし。恐恐謹言。
[6]<日>三月十八日
[7]<人>日 蓮<花押>花押
[8]<先>上野殿御返事
現代語訳

上野殿御返事


弘安四年(一二八一)三月一八日、六〇歳、於身延、和文、定一八六一—一八六二頁。

[1]芋一俵頂戴いたしました。御礼申し上げます。
[2]また神主のところに御乳塩という馬が一頭と、それから馬の口綱を引く役の男が一人います。
[3]さてさて亡きご子息五郎殿のことを思うと、今でも新たな悲しみが湧いてくるのですが、実際にお会いしたのは、もうずいぶんと前のことになってしまっているのですね。
[4]ところで、法華経信者に対する弾圧はまだまだなくなる様子が見えませんから、今後もどのような事件が起こるかと心配なのですが、それにしても現在まで迫害に耐えていらっしゃったことは驚嘆に価します。その調子で頑張ってください。仏のお説には「火の中に入って焼けないものがあったり、水の中に入って濡れないものがあったり、大きな山が空へ飛んだり、大海が天へ昇ったりするような、まったく実現不可能と思われることが実現したとしても、末代濁悪の世になると、ほんのわずかな間でも法華経を信じることはむずかしい」とあるのですから。
[5]宗皇帝は中国の主でしたが蒙古軍に捕われてお亡くなりになりました。後鳥羽上皇は日本国の主でしたが北条義時殿に攻められなさって配流された隠岐の島でお亡くなりになりました。その方々の死が法華経に殉ずるものであったならばたちまちに仏におなりになるでしょうに、そうはいきません。この例のように、つまらないことのためには体を傷つけたり命を捨てたりするのですが、法華経の御ために不当な刑罰を甘んじて受けようと思う人はいないものです。貴殿はそれを体験して、きっと成仏なさるでしょう。尊いことです。尊いことです。恐々謹言。
[6]<日>三月十八日
[7]<人>日 蓮 <花押>花押
[8]<先>上野殿御返事